與芝眞彰

「慈悲」とは、わけ隔てなく他者の痛みを自分のもののように感じ分かち合い、癒そうという心を意味します。わが子、身内、恋人など、人間はつい身びいきをしてしまうものですが、身近な人だけでなく、もっと広い視点で他者に良くしようという志です。 「慈悲」だけでは、いくら他者の力になろうとしても、悲しむ患者さんやご家族に気持ちが引っ張られてしまい、一緒に動揺して右往左往してしまいます。結果として、患者さん本人に適切な対応ができなかったり、他の患者さんの危機に気づかなかったりする危険性もあります。 「智慧」は、仏教の言葉で、一般的な「知恵」より深く、普遍的な意味を持っています。単なる「知識」(今ではインターネットで簡単に手に入ります)はもちろん、「法学」「倫理」、一般的な「生活の知恵」なども、時代とともに移り変わり、また各家庭や地方によって様々なしきたりがあり、これも普遍的とは言いがたいものです。どんな時代でも、どんな立場の人にも通じるものの道理、ひいては宇宙の真理と言えるものが「智慧」です。 「智慧」だけでは、人がいつか亡くなるのは必定のことだと分かっていたとしても、だからこそ辛くて悲しいのだ、別れ難いのだという、患者さんやご家族の気持ちに気づかない恐れがあります。他者の気持ちに寄り添うことは、時に長く困難な道のりですが、大切な人だからこそ生まれる人の情を無視してしまうことは論外です。